土屋薬局|子宝漢方で不妊克服!

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「メールマガジン作りました」と前号の感想文「夜と霧」の話

メールマガジン59号作りました。

明日に刊行される予定です。

前号58号では「漢方系のメールマガジン」でもあるに関わらず

果敢に21世紀に伝える世界の名著「夜と霧」(みすず書房)の感想文を

載せましたら、6名くらいの脱退者のかたがいまして、

数日間は「虚無感」に堕ちました(苦笑)。

ウイーン大学で精神科医だったビィクトールさんが、

ただ唯一「ユダヤ人だった」ことから、

アウシュビッツに送られたことの体験記です。

3年間もの強制収容所を過ごして、奇跡的に助かったかたです。

(彼の両親や奥さん、そして2人の子供はお亡くなりになりました)

メールマガジンにこの「夜と霧」の読後感を書くために、

2回読んだのですが、泣けて仕方がありませんでした。

本の最後のほうでは、

「今思うと、僕があの壮絶な体験を乗り切ったことが

不思議で仕方が無いのです(よく耐えたなあ…)」というような文章とか、

(多少、私の「意訳」が入っています。ご了承お願いします)

「生き残ったものは良いけれども、強制収容所を出てみれば、

家に帰って、ドアをノックしても誰も出ない。

そして愛する人や家族はいない。

これが一層、堪える。

でも、私は精神医学者だから、この苦しみや悲しみは乗り越えなければならない」

など、最後まで「自分自身」と「人間」を見つめている本です。

自身の「被収容者」としての体験から、同じユダヤ人でも、

カポーのような自分たち同族を痛めるつける非人道的な人間もいれば、

かといって、監督するSS(ナチ)にも、自分の数少ない朝食のパンを分け与えるくれる

人もいた。

体制の向こう側とこちら側にも、すべては「善悪」では片付けられない。

「良い人もいれば、悪い人もいる」

など、私の心に深く印象に残りました。

あと

「人生に何を期待するかではなくて、人生が生きるということに何を期待しているかだ」

などの名文にも心を打たれました。

「私は自分がこの苦しみに耐えるべき存在か、それだけを考えていた」

「いろいろなところに旅行に行けたり、快楽や楽しいことだけが人生でない。

一人の人間として苦悩をかかえて、苦しんでいくことには、人生としての

意味があるのだ」

などと感動しました。

わたし、いま時々「もし自分がアウシュビッツに入ったら…」と

ふと考えることがあります。

多分、「夜と霧」に書かれているように、自分が悪夢を見ていると思うだろうし、

そして心が「貝」のようになって、無反応になって死んでいくのだろうなあ…

と思います。

だからそんな時代があったこと、また実は私たちの今の環境も、

そのような環境に置かれているかもしれないことをかみ締めながら、

「僕もがんばって生きていく。その結果、人生に何を期待されているのか知りたい」

のです。

最後に、「夜と霧」の文章を紹介してお別れします。

「夜と霧」 109ページ 「精神の自由」より抜粋

みすず書房さま、そして翻訳家の池田 香代子さま、引用させて頂きます。

ありがとうございます)

強制収容所にいたことがある者なら、点呼場や居住棟のあいだで、

通りすがりに思いやりのある言葉をかけ、

なけなしのパンを譲っていた人びとについて、いくらでも語れるのではないだろうか。

そんな人は、たとえほんのひと握りだったにせよ、

人は強制収容所に人間をぶちこんですべてを奪うことができるが、

たったひとつ、あたえられた環境でいかにふるまうかという、

人間としての最後の自由だけは奪えない、

実際にそのような例はあったということを証明するには充分だ。

収容所の日々、いや時々刻々は、内心の決断を迫る状況また状況の連続だった。

人間の独自性、つまり精神の自由などいつでも奪えるのだと威嚇し、

自由も尊厳も放棄して外的な条件に弄ばれるたんなるモノとなりはて、

「典型的な」被収容者へと焼き直されたほうが身のためだ誘惑する環境の力の前に

ひざまずいて堕落に甘んじるか、あるいは拒否するというか、という決断だ。

この究極の観点に立てば、たとえカロリーの乏しい食事や睡眠不足、

さらには精神的「コンプレックス」をひきあいにして、

あの堕落は典型的な収容所心理だったと正当化できるとしても、

それでもなお、いくら強制収容所の被収容者の精神的な反応といっても、

やはり一定の身体的、精神的、社会的条件をあたえれば

おのずとあらわれるもの以上のなにかだったしないわけにはいかないのだ。

そこからは、人間の内面にいったいなにが起こったのか、

収容所はその人間のどんな本性をあらわにしたかが、

内心の決断の結果としてまざまざと見えてくる。

つまり人間はひとりひとり、このような状況にあってなお、

収容所に入れられた自分がどのような精神的存在になるかについて、

なんらかの決断を下せるのだ。

典型的な「被収容者」になるか、あるいは収容所にいてもなお

人間として踏みとどまり、おのれの尊厳を守る人間になるかは、

自分自身が決めることなのだ。

かつてドストエフスキーはこう言った。

「私が恐れることはただひとつ、わたしがわたしの苦悩に値しない人間になることだ」

この究極の、そしてけっして失われることのなお人間の内なる自由を、

収容所におけるふるまいや苦しみや死によって証していたあの殉教者のような

人びとを知った者は、ドストエフスキーのこの言葉を繰り返し噛みしめることだろう。

その人びとは、わたしはわたしの「苦悩に値する」人間だ、

と言うことができただろう。

彼らは、まっとうに苦しむことは、

それだけでもう精神的になにごとをかをなしとげることだ、

ということを証していた。

最期の瞬間までだれでも奪うことのできない人間の精神的自由は、

彼が最期の息をひきとるまで、その生を意味深いものにした。

なぜなら、仕事に真価を発揮できる行動的な生や安逸な生や、

美や芸術や自然をたっぷりと味わう機会に恵まれた生だけに

意味があるのではないからだ。

そうではなく、強制収容所での生のような、

仕事に真価を発揮する機会も、体験に値すべきを体験する機会に皆無の生にも、

意味はあるのだ。

そこに唯一残された、生きることを意味あるものにする可能性は、

自分のありようががんじらめに制限されるなかでどのような覚悟をするかという、

まさにその一点にかかっていた。

被収容者は、行動的な生からも安逸な生からもとっくに締め出されていた。

しかし、行動的に生きることや安逸に生きることだけに意味があるのではない。

そうではない。

およそ生きることそのものに意味があるとすれば、

苦しむことにも意味があるはずだ。

苦しむこともまた生きることの一部なら、

運命も死ぬことも生きることの一部なのだろう。

苦悩と、そして死があってこそ、

人間という存在ははじめて完全なものになるのだ。

おおかたの被収容者の心を悩ませていたのは、

収容所を生きしのぐことができるか、という問いだった。

生きしのげならないのなら、この苦しみのすべては意味がない、

というわけだ。

しかし、わたしの心をさいなんでいたのは、これとは逆の問いだった。

すなわち、わたしたちを取り巻くこのすべての苦しみや死には意味があるのか、

という問いだ。

もしも無意味だとしたら、収容所を生きしのぐことに意味などない。

抜け出せるかどうかに意味がある生など、

その意味は偶然の僥倖(ぎょうこう)に左右されるわけで、

そんな生はもともと生きるに値しないのだから。