土屋薬局ブログ|子宝漢方で妊娠出産を全力応援!

こんにちは!薬剤師、不妊カウンセラーの土屋幸太郎です。私自身、42歳で結婚して52歳で我が子をこの手で抱けて感動しました。妻が妊娠中も毎日、夢みたいと思っていましたが、我が子をこの手で抱けてとても幸せを感じています。大切に大事に育てます。私たちには中医学(中国漢方)での体質改善や食養生がよく効きましたので、子宝の漢方薬にとても感謝しています。不妊、不育でお悩みのかた、またそれ以外の漢方相談(痛み、しびれ、耳鳴など)も承ります。ぜひ土屋薬局までご相談お寄せ下さい。

桜桃忌

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<2008年6月25日 さくらんぼ>

もう今年も、さくらんぼの花が咲いて、さくらんぼの実が生って、

そして収穫の季節もピークを過ぎ、この頃では「さくらんぼの収穫終わりました」

という農家の方々の声を聞くようになってきました。

毎年、この季節になれば、太宰治の「桜桃忌」の話題が

新聞などでも挙がるようになります。

6月19日に玉川上水に身を投げ出した太宰さんですが、

高校時代にとても愛読していました。

行き帰りの汽車の中で(当時は、私たちは電車のことを汽車と言っていました)、

太宰さんの小説を熱心に読み耽ったものです。

いつの間にか、月日は過ぎて、昨日に「明日は、さくらんぼで太宰さんを書こう」

と思い立ってから、昼間に1回、夜に寝る前に1回と、久々に「桜桃」などを

読み返しました。

太宰さんが死んだ歳と同じ歳になった私には、

高校時代よりも人生経験を積んだので、

小説の中の深い悲しみがより分かるようになったし、

普段から津軽に温泉などで訪れているので、

より肌身に感じるようになったと思います。

また田舎から東京に出て、「東京で一人で暮らすこと」「東京の自分と田舎の自分」

「東京の一人の自分と実家と自分」の関係なども体験してきましたので、

太宰さんの生き様は、しみじみする訳です。

きっと太宰さんは、東京に住んでいても、「津軽弁」の独特の高揚感のある

イントネーションが直らなかったのでは…などと推測もしたりします。

…生きるということは、たいへんな事だ。

あちこちから鎖がからまっていて、少しでも動くと、血が噴き出す。

私は黙って立って、六畳間の机の引出しから稿料のはいっている封筒を取り出し、

袂(たもと)につっ込んで、それから原稿用紙と時点を黒い風呂敷に包み、

物体ではないみたいに、ふわりと外に出る。

もう、仕事どころではない。

自殺のことばかり考えている。

そうして、酒を飲む場所へまっすぐに行く。

太宰治 「桜桃」より)

この小説の中で、高校時代に鮮明に記憶のあった箇所です。

高校時代は、生きるって、そんなに大変かな~とも思ったりもしましたが、

きっとその問題は、「どれだけ人生を真剣に考えているか」の倫理観の問題で、

一生その道を歩まない人は沢山いるだろうけれども、

「生と死」や「自分」というものを見つめる純粋な人ほど、

余計に苦しむと思うのです。

…子供より親が大事、と思いたい。

子供よりも、その親のほうが弱いのだ。

桜桃が出た。

私の家では、子供たちに、ぜいたくなものを食べさせない。

子供たちは、桜桃など、見たことも無いかも知れない。

食べさせたら、よろこぶだろう。

父が持って帰ったら、よろこぶだろう。

蔓(つる)を糸でつないで、首にかけると、桜桃は、

珊瑚の首飾りのように見えるだろう。

しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐き、

食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、

子供よりも親が大事。

太宰治 「桜桃」より)