土屋薬局ブログ|山形県東根市

こんにちは!薬剤師、不妊カウンセラーの土屋幸太郎です。私自身、42歳で結婚して52歳で我が子をこの手で抱けて感動しました。妻が妊娠中も毎日、夢みたいと思っていましたが、我が子をこの手で抱けてとても幸せを感じています。大切に大事に育てます。私たちには中医学(中国漢方)での体質改善や食養生がよく効きましたので、子宝の漢方薬にとても感謝しています。不妊、不育でお悩みのかた、またそれ以外の漢方相談も承ります。ぜひ土屋薬局までご相談お寄せ下さい。

ふく料理故郷に錦を飾る

昨日、中学校の同級生たちと一緒に友人が親方をしている、

ふく料理のお店に行きました。

久しぶりに見る友達は、元気そうで、

小学校時代の面影がそのまま残っていました。

17歳のときに、単身下関に渡り、

10年間修行を積んだそうです。

下関は、私の学生時代の友人の家が

繁華街の豊前田町にありましたので、

夏に4泊したことがあります。

歩いて関門海峡を渡り、

「初九州デビュー」が徒歩で門司に入ったことなど懐かしいです。

夏にも関わらず、「下関」といえば、「ふぐ」のイメージですから、

駅前のダイエーに歩いていって、ふぐの刺身を買ってきて

夕飯にしたことを覚えています。

ちょうど、下関のKくんの家には、

私と一緒にKくん(違う苗字のKくんです)も泊まっていたので、

男3人で「熱い下関の夏の数日間」を過ごしたわけです。

友人のKくんが下関に来た目的は、

4級船舶の免許を取ることで、

10日間くらい滞在するということでした。

私のほうは、4日間だけですが、

それでも一緒に萩へ行ったり、

秋芳洞を観光したり、長浜ラーメンを食べに行ったりしたものです。

さて、私の小学校時代の友人が親方をしている「ふく料理」は、

まさに絶品でとてもおいしくて、舌がとろけるようでした。

「一国一条の主」で、美人の女将さんと一緒に店で

いきいきと働く親方は、格好が良くて、

私もその姿勢を見習いたいと思いました。

なんでも「ふく」は、下関で採れたら

すぐに飛行機便で乗り継いで山形に来るのだそうです。

だから「しけ」で漁ができなかったり、

「飛行機のトラブル」で「ふく」が輸送されないことが

一番と心配なのだそうです。

ああ、親方、かっこいいです。

17歳で下関に一人で行って、

そして今は自分の店を持っているなんて、

相当苦労したに違いないと思います。

友人の親方に別れ際に「中学校の同期では一番の出世頭でしょう」と

行ったら、親方「いや、阿部ちゃん、いるべした」とのことで、

あ~、そうだ阿部ちゃんがいるんだったと思い出しました。

(注:阿部ちゃんとは、「シンセミア」とか「アメリカの夜」などの人気作家で

芥川賞作家です)

みんな故郷に錦を飾っているんだな。

私も自分の人生をデザインして、前向きに仕事していきたいです。

今日は「故郷に錦を飾る」話でした。